2013年10月25日(金)

巻頭つれづれ 福島の2歳児が「人生初散歩」

●やなせたかしさん逝去
 『アンパンマン』の生みの親であるマンガ家のやなせたかしさんが亡くなりました。94歳でした。
 私は、やなせさんが作詞した「手のひらに太陽を」という歌が好きです。
「僕らはみんな生きている/生きているから笑うんだ/僕らはみんな生きている/生きているからうれしいんだ/手のひらを太陽にすかしてみれば/真っ赤に流れる僕の血潮/トンボだってカエルだってミツバチだって/みんなみんな生きているんだともだちなんだ」
 この世に生を受けた私たちは、この歌のように、明るく、元気に、トンボやカエルやミツバチとも戯れながら、楽しく生きたいものです。
 でも、私が毎月通っている福島では、せっかくすばらしい自然があるのに、放射能という目に見えない「悪魔」に災いされて、子どもたちがなかなかトンボやカエルと戯れながら、自由に野原を走り回ったり、ゴロンと寝そべったり、すってんコロリンと転がったり、畑のイモを思う存分掘ったり、田んぼで泥まみれになって遊んだりすることがやりにくいんですね。2011年3月11日の原発事故以来、保育園や幼稚園では、放射線被ばくが気になって、それまでのように園のまわりを散歩することができなくなってしまいました。散歩によって二足歩行することは「ケモノ」が「ヒト」に進化する過程そのものですし、そのことによって、言語が明確に話せるようになったり、四季折々の周囲の景色の変化を感じ取ったり、信号や横断歩道に気を遣う社会的ルールを学んだり、ワイワイと互の意思を通じ合ったり、時には転んで痛い思いをしながら身を守る知恵を身につけたり…、とても大切ないろいろなことを学びます。保育にとって散歩は思いのほか大切なエクササイズです。

●2歳児ついに散歩
 私が原発事故の2ヶ月後から通っていろいろサポートしている福島市渡利地区の「さくら保育園」で、2013年10月4日、ついに2歳児が人生初めての散歩に出かけました。2歳児ということは、あの忌まわしい東日本大震災後の原発事故の年に生まれた子どもたちです。出かける前は緊張した面持ちだったそうですが、写真を見てください。みんなすぐに散歩に慣れて、嬉しそうに歩いています。
 散歩には保育者だけでなく、保護者たちの心配がありました。「放射線被ばく」「放射能汚染」「ホットスポット」などというよく分からない「マイナス・イメージ」の用語を聞けば、だれでも不安になります。わが子を危険な環境にさらしたくない─そう考えるのが親としてのごく普通の感情でしょうね。
 おまけに、「福島には行かない方がいい」とか、「福島産の野菜は買わない方がいい」といった情報も飛び交っていましたから、被災者たちはいっそう不安に苛まれたことでしょう。「根拠のある不安」は恐れなければなりませんが、「根拠もなく不安をまき散らす」ことは慎まなければなりません。それらは時に被災者に対する偏見や差別感情を生み出し、有害な風評被害によって被災地域に一層の困難をもたらすことにもなりかねません。

●被ばく線量を測定する
 安斎科学・平和事務所では、2012年12月から「さくら保育園」の園児や保育者や保護者100人余りに積算線量計を無償配布し、毎月被ばくした合計の線量を継続測定しました。園児たちが保育園にいる間の被ばくはほとんど差が出ないのは当然のことですが、家に帰ったあとの放射線環境や、休みの日にどのような屋外環境でどんな過ごし方をするかには人によってかなりの差があるため、1ヶ月の被ばく線量をみると人によってそれなりに違いが出ます。
 「さくら保育園」関係者の被ばくの平均値をグラフに表すと、図のようになりました。遅れて測定を始めた姉妹園「さくらみなみ保育園」の最近3ヶ月のデータも表してあります。幸い、放射線被ばくは全体としては漸減傾向で、夏休みだった8月は被ばくの低い保育園で過ごす時間が減少したため、かえって両園とも平均値がちょっと増えました。保育園の方が被ばくレベルが低いんですね。最近の被ばくレベルは1ヶ月あたり0.02ミリシーベルト程度ですから、1年間では0.25?0.3ミリシーベルト程度でしょう。
一方、日本人は自然界から年間2.1ミリシーベルト程度の放射線被ばくを受けているとされています。内訳は、宇宙線0.3ミリシーベルト、大地に含まれる自然放射性物質からの被ばくが0.33ミリシーベルト、大気中に浮遊する自然放射性物質の吸入に起因する被ばくが0.47ミリシーベルト程度、食物中の自然放射性物質に起因する被ばくが約1ミリシーベルトと報告されています。だから、「さくら保育園」の関係者は、自然放射線と原発事故由来の放射線と、合わせて2.3?2.4ミリシーベルト/年程度を浴びていることになります。

●ヨーロッパ諸国の被ばく
 自然放射線のレベルは、大地に含まれる自然放射性物質の濃度によって違いがあります。大地に含まれるウランやトリウムなどの自然放射性物質が多ければ、そこから放出される放射性ガス(ラドンガス)も多いため、大気中に浮遊する放射性物質も多くなって、それを吸入することによる内部被ばくも増えます。参考までに、フィンランド、スウェーデン、フランス、オランダ、イギリスの被ばく状況を、さくら保育園、さくらみなみ保育園の被ばく状況とともにグラフに表してみました。ヨーロッパ諸国では、自然放射線のほか、1986年4月26日にウクライナ共和国で発生したチェルノブイリ原発事故に起因する被ばくも加わっています。これを見ると、福島の保育園関係者の被ばくが諸外国の人々の被ばくに比べて際立って高いといった実態はありません。根拠もなく被災者や被災地に対する偏見や差別感情に陥らないように、しっかりとした科学的な実態把握を進めることはとても大切なことでしょう。
 言うまでもないことですが、福島原発事故の現場は、?溶融核燃料の実態が分からないこと、?汚染水問題が深刻と緊急の度を加えていること、?事故原発で働く労働者の被ばくが増大しつつあること、?依然として15万人の被災者がふるさとの街を離れ、将来の生活展望を描けないでいること、?被災地の除染によって生じた廃棄物の最終処分の見通しさえついていないことなど、決して侮れない状況が続いていますので、引き続き厳しい監視の目を向ける必要があるでしょう。(聞間先生から安斎育郎先生のエッセイが送られてきたので紹介します。)

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